おしたび

日光脇往還 nikkoukaidou

石田堤

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高札場跡

高札場跡

上町仲町を行田町の中心として大整備を完成したのは阿部正允時代(一七四八~一七八〇)である そして こゝに他所に誇る立派な高札場を設け 忍藩の総ての里程の基点とした 明治三年高札場は廃止され取り壊わさ[...]
御本陣跡

御本陣跡

代々町年寄の八代樋口太郎三郎が本陣を仰せつかったのは安永四年(一七七五年)弘化三年(一八四五年)初午の大火後、立派な本陣を造ったが明治三年廃止となりそば屋松月庵となった明治四年一月十三日出火し東隣の脇[...]
行田馬車鉄道発着所跡

行田馬車鉄道発着所跡

明治十六年七月 上野熊谷
十七年六月上野高崎間
汽車が開通し 年とともに乗客増加し 行田吹上間不便し
明治三十一年レールを敷き馬車鉄道株式会社を設立 こ、を本社発着所とし[...]
がんがら橋

がんがら橋とがんがら落

がんがら落は、農業用の水路として利用されていたが、今日では排水路としての機能もあり、熊谷~行田を通り、鴻巣市鎌塚付近で前谷落としに合流。
日光脇往還と交差する場所は、現在がんがら橋として地元[...]
日本一の荒川水道橋

日本一長い水道橋

名称:荒川水道橋 全長1,101メートル(日本一) 江戸時代には、丁度この場所に大芦の渡しがあったという事です。 日光脇往還、または八王子千人同心街道とも言われ、八王子千人同心が日光警護の為[...]
下忍の一里塚の大きな榎

下忍の一里塚(日光脇往還(館林道))

この一里嫁は、江戸時代に中山道の鴻巣市箕田から分かれて、行田を経て館林へと向かう街道であった「館林道」の路傍に築かれたもので、かつての佐間村、下忍村、埼集村の境界に位置しています。もともとは街道の両側[...]
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