おしたび

忍城 castle_oshi

松平忠堯・忠国候隠居所跡

忠堯ただたか忠国ただくに侯隠居所跡

松平侯九代忠堯 文政六年(一八二三年)桑名よ り忍に 移封 文教を興し進修館創建 この地に隠居し適翁と号す 十一代忠国二十二年間沿岸警備をなし文武に通じ名君少将様といわれ こゝに隠居す 故にこの地を御[...]
忍城枡形城門跡

忍城升形城門跡

忍四番地一画は忍城大手門外升形城門地内であり四ー二九辺に西向の門(虎口)四ー二二辺に南向の門があり大手橋を渡り 北の南面の大手門を入いり 西に行き 又西面の門があって内行田通り出たのである 大手門の守[...]
持田口御門跡

持田口御門跡

持田口は、忍城の西口の守りの拠点で、かつては持田口御門が設 けられ、二重の曲輪と二重の堀で護られていました。持田口御門を くぐると、そこからが忍城の城内になるので、堀に掛かる二重の橋 で、門の存在が城[...]
大宮口御門跡

大宮口御門跡

大宮口御門跡
忍城裏鬼門の地として戦略的に重要な地で久伊豆神社を祀り堀と曲輪を二重門で固めた
天正十八年(一五九○年)石田三成忍城攻略は三成は下忍門を そしてこの大宮口の地で大[...]
多聞櫓跡

多聞櫓跡

多聞櫓というのは城の石垣の上の長屋の事で城壁を兼ねて兵器庫などに用いた大和多聞城の形式でこゝに立派な二重の多聞櫓を造り北へ白壁の城壁を造り 西は二重櫓まで続く美観は老中阿部侯の居城にふさわしいものであ[...]
太鼓門跡

太鼓門跡

忍城十五門の内の 一番奥で藩主居城の二の丸の入口にあった門で 東西に数百米めぐらされた白壁の塀の中央に二重櫓の御門であった
この門より西 ほゞ忍中学の校地が二の丸で平屋十数棟が藩主居城として[...]
向吹御門跡

向吹御門跡

古く成田氏時代 向吹 江戸町 同心町の地は 一つの島をなし 城の東南の重要な曲輪であった 内行田曲輪と結ぶ向吹御門は 俗にデングリ橋が かゝり 常には通行が出来なかった 東に清善寺の格式高い曹洞禅寺[...]
大手御門跡

大手御門跡

南北二百米、東西五十米の升形門内の桜松から望む大手門の偉容は壮観であった
北谷口御門からこの先まで続く石垣の上の白壁の塀大手橋を渡り ここに南面して立つ大手門は老中又は五摂家十万石にふさわし[...]
皿尾口御門跡

皿尾口御門跡

忍城北西の御門として戦略的にも重要な所であったので堅固な曲輪で囲み 二つの谷と大きな格沢を利して守りを固めた上杉謙信石田三成の忍城攻めの時も 少数よく人敵を防いだ古戦場である
建立 行田ライ[...]
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