鴻巣御殿跡
〒365-0038 埼玉県鴻巣市本町4丁目8−26
鴻巣御殿は文禄二(一五九三)年、徳川家康によって 鷹狩や領内視察などの宿泊や休憩所として建てられ、その敷地は一町四反歩(約一・四ヘクタール)に及んだ。 その後、秀忠、家光の三代にわたって将軍家の鷹狩の 際の休泊所として利用されたが、寛永七(一六三〇)年 頃を最後として、以後使用されなくなった。明暦三(一六五七)年の江戸大火後は、その一部を解体して江戸城に運ばれ、天和二(一六八二)年頃には残りの建物 も腐朽して倒壊し、元禄四(一六九一)年には御殿地に 東照宮を祀り除地とした。その東照宮も明治三十年代に鴻神社に合祀され、 旧御殿地はその後民有 地となった。 江戸図屏風(国立歴史民俗博物館蔵) 最近まで鴻巣御殿跡 地の比定地も明らかで なかったが、平成六年 の試掘調査によってそ の一部が確認された。 鴻巣御殿は『江戸図屏風』(国立歴史民俗博物館蔵) に描かれ、その様子を知ることができる。 平成七年八月




