おしたび

忍のポーネグリフ

街を歩いていると気づくかもしれない。
石碑が点在する。
そしてそれを追求していくと遠出をするようになるかも知れない。
例えばそれは、我が藩の藩境界。
北側には、「利根大堰」があったり、新郷川俣関所がある。現在では利根川に架かる橋(昭和橋)がこの関所があった場所である。
日光脇往還沿い、利根川を渡す場所にこの関所はあったが明治2年廃藩置県によって廃止された。
この関所は江戸時代、我が藩の管理であった事はいうまでもない。
つまりこの地が北側の藩境界という事になる。
南側の藩境界は鴻巣市前砂辺りである。
中山道沿い前砂の一里塚付近であろうか?
そして北側は熊谷市、やはり中山道、新島一里塚先が我が藩の境界となる。
「忍領南石標」という石標が建てられている事に気づくだろう。
実はこの石標の事を私は「忍のポーネグリフ」と呼んでいる。
領内16か所に設置したとあるが、廃藩置県で撤去された。
現存は、7基だろうか?
そこまでは確認できた。
そしてこれをさらに追及したくなる。
そしていろいろと調べると我が藩には飛び地があったようだ。
秩父や鉢形、男衾、越谷、草加付近にも領地があった。
そして忍のポーネグリフを越谷で一基見つけた。
実際に探してみてほしい。
私は、ようやく7基を確認した。
残る9基も探してみようじゃないか!
忍のポーネグリフにもロードポーネグリフとリオポーネグリフがあるかも知れない。
例えば秩父領に行ってみようじゃないか!秩父往還と鎌倉街道、児玉往還あたりを徹底的にさがすとか?大発見になるやも知れぬ。

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