おしたび

吹上(間の宿)/中山道

間の宿、吹上周辺地図

国土地理院

日光脇往還と中山道が合流する地点

中山道と日光脇往還(八王子千人同心街道)

日光脇往還と中山道が合流する地点

日光脇往還と中山道の旧街道が、この吹上で合流しますが、わずか20m程度並走するだけです。写真のように日光脇往還は信号を左折し忍の御城下に向かいます。これに対し、中山道は信号の先を右折します。中山道は鴻巣宿から熊谷宿まで距離があり、吹上は間の宿ですが一方で日光脇往還では正式な宿場町だったそうで、その分このあたりが栄えたという事です。

日光脇往還と中山道

わずか20m程度並走する旧街道の賑わい

夏祭り、2024年は、7月20日(土)~7月21日(日)の日程で行われた。丁度、このあたりに屋台が立ち並び、賑わいを見せる。
「上組」と「下組」に分かれ、それぞれのみこしと山車が観客の中を練り歩きます。

中山道道標
中山道道標

中山道と元荒川

中山道と元荒川

元荒川を避けるように中山道もまた大 きく左折する

日光脇往還は、八王子千人同心が日光に向かう為に整備された街道です。神君家康公と三代将軍家光公を祀る日光山の護衛(日光火乃番)が八王子千人同心の護衛でした。ですから、日光脇往還は江戸時代に整備された街道です。これに対し中山道は、戦国末期の関ヶ原役で二代将軍秀忠公が、中山道を西へ目指しています。本格的に五街道として整備をはじめたのは、江戸幕府初期で 日光脇往還よりも古い街道ということになります。そしてどの街道でも同じですが難所として川をどこかで渡らなければなりませんでした。荒川は現在の元荒川のあたりを蛇行しながら流れ 伊奈一族による西遷事業も完成しておらず、その名の通り、荒ぶる川だったはずです。これを避ける為に中山道は吹上神社あたりで左に急激に折れていきます。

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