おしたび

真板氏館跡

〒361-0013  埼玉県行田市真名板1532−1

『吾妻鑑』第卅五——第四二(寛文元年一二四三年—建長四年一二五二年)御的始に十一回出場弓の名手といわれた真板氏の館跡 こゝ花蔵院開山栄泉法師も 大板碑も(建治元年一二七五年)鋳銅薬師如来立像も公孫樹巨木も総て同時代と思われる

昭和五十四年三月
建立:行田ライオンズクラブ
協賛:蓮江英男

真板氏館跡(硫黄山花蔵院)

吾妻鑑に登場する真板五郎次郎大中臣経朝

吾妻鑑に登場する真板五郎次郎大中臣経朝は、坂東武者の中でも登場回数が多い。
もともと、吾妻鑑に登場する人物は有に千五百人を超えると言われているが、真板氏は、弓の名手であった事から登場回数も多い。
鎌倉で正月に行われる「弓始、的始」には10回連続で出場している。
これは真板五郎次郎大中臣経朝だけである。

真名板薬師如来立像

真名板の手なし薬師

江戸時代まであった花蔵院は明治時代初期に廃寺となりましたが、この薬師如来像が安置されている薬師堂のみが現存しています。
制作時期は、鎌倉時代後期でこの時代の金銅仏像は、比較的小さいものが多い中薬師如来立像の高さは、94cmと大きめの仏像だそうです。ちょっとした伝説の持ち主で疫病を治めた事で信仰を集めています。

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